自分を鍛える  

gura

こんにちは、ぐらです。

今朝は秋らしいお天気です。

また昨日は中秋の名月でした。

このままお天気が続けば、今日もまた美しいお月さまが眺められそうですね。

自分を鍛える  ジョン・トッド

インド人の格言に人間の本質を見事にいいえた格言があります。

それは「走るより歩く方がいい。

歩くよりじっと立っているほうがいい。

立っているより座るほうがいい。座るより寝ているほうがいい。」

「1日3時間さっさと歩けば7年で地球を一回り歩いたことになる。」これはアメリカのニューイングランド生まれの牧師であり,作家のジョン・トッドの『自分を鍛える』という著書の一文です。

「我々にとって怠惰ほど有害で致命的な習慣はない。にもかかわらず、これほど身につきやすく、断ちがたい習慣もない」と。

「めんどくさい」が口癖の私にとっては、とてもよくわかるし,耳の痛い言葉です。

実際に暇なときは(ほとんど)寝転んでいて、体重が減らないとか、体調が悪いとかぼやいているのです。

では、「わかっちゃいるけどやめられない。」この状態をどう改善するのかということを具体的に示してくれているのがこの本なのです。

悪い習慣ではなく,良い習慣を身につけること。これが大切なのです。

それでは自分を鍛えるためにジョン・トッドが勧めている習慣をいくつかご紹介します。

人生に退屈しない為に

たとえば40年間、5時に起きる人と7時に起きる人が同じ時間に就寝すれば,10年分に相当する違いが生じる。

いやしくもこの世で何かを成し遂げたいと思うならば、この習慣を身につけることが絶対、必要なのだと。

トッドは言い切ります。若い時から早起きの習慣をつけている人は長生きする傾向があり,そういう人は卓越した有能な人物が多い。そして何よりも、穏やかな楽しい人生を送れるものだと。

毎日運動する習慣

運動はわれわれにとって絶やしてはならない薬なのだとトッドはいいます。

運動するとかしないとかはあなたが勝手に決めることではない、運動しなければならないのだ。

さもなくば将来を棒にふることになる、と。

われわれの体は運動もせず家にじっと閉じこもったまま,頭脳だけが一刻一刻エネルギーを消耗していくように作られたものではない。

運動をしないよりもしたほうが楽しいし,朗らかな友人との時間はとても充実したものである。

恐れることなく人生の深きものへ飛び込み、高きものを目指して舞い上がり,強きものをしっかりと把握し,積極的に活動するような精神を持ちたいのなら適度な運動は欠かせない。

こうして肉体に活気を与えるために使われた時間は、それだけ頭脳の働きが良くなり、仕事や勉強が快適にはかどることになるのです。

散歩や家庭菜園やヨガなど、自分が心地よいと思える運動を見つけて習慣化することが大切だそうですよ。

自分の頭で考える

トッドはいいます。

自分で考えたり行動することを学ぶようにしなさいと。

世の中に影響を及ぼす偉大な道具、それは頭脳である。

そして,頭脳ほど訓練し使用することによって、決定的に、しかも絶えず進歩する道具は他にない。

今日にでも頭を極限まで働かせ,その能力を最大限に活用してみてください。

頭脳はたまにまとめて動かすよりは,常に動かすほうが本当の意味の訓練になることを忘れないでいてもらいたいと。

一期一回の心で処す

何事に対しても問題を調べる場合、おおざっぱな概念だけをつかんでおこうという態度で調べてはならない。

急いでいるとしても,徹底的に調べられるまで待つべきだ。

そうすれば,いつかまたその問題が持ち上がっても,答えは決まっているので慌てふためかないで済む。

慌てて結論を出してはならない。一般にわれわれは判断力の欠如よりもむしろ急性であるが為に道を誤るものだ。

問題を吟味する時間をかけさえすれば,大抵は正しい結論を引き出せるのである。

雑談について

つまらぬ雑談で自分の時間や相手の時間を無駄にしないことが大切である。

他の連中が馬鹿な事を喋っているからといって、何も黙って座っていることはない。

本来ならそうした頭脳や才能の持ち主は、会話を正しい方向へ導き、その場にいる人を話に引き込んで感銘を与えるべきなのだ。

常に意識して役に立とうとする態度がなければならない。

こうした態度の欠如は、大きな欠陥である。

集いを去るときには誰もが来た時よりも一段と賢くなっているか,あるいは他の人を賢くしていなければおかしいのだ。

メイソンの11の提言

  • 人と話をするときは明るく振る舞うこと。それが習慣になればいつも人に気持ちよく迎えられる。
  • 利益を得られる仲間を選ぶこと。自分を向上させ,楽しませてくれるものは、最良の本と仲間である。仲間が少しもためにならず楽しくもない人たちばかりだったら,自分が仲間たちのためにそうなるべく努力すればいい。利益を引き出すことも与えることもできなければ,そんな仲間からはすぐ立ち去ることである。
  • 仲間の人格から学ぶこと
  • 座が沈んだら誰もが何かしら発言できるような幅広い話題を提供して場を盛り上げること。前もって適当な話のタネを仕込んでおくことも必要だろう。
  • 新しく重要なことや、ためになる事を聞いたらすぐメモ帳に書き留めておくこと。
  • 仲間の間で、いてもいなくてもいいような存在にならないこと。
  • 慌てて騒がしく発言しないこと。話がどんどん進んでいっても、異なる観点から眺めて自分で問題を明確に把握するまで待つこと。そうすれば自信を持って発言できる。
  • 人それぞれが自分の欠点や過ちに対してあなたとは違った観点を持っているという事を頭に入れておくべきである。仲間の前で気安く人に反論したり批判しないように注意すること。
  • 仲間が陰口をたたいたり非常識なことを言ったりしたら、口で注意できる場合は注意し、それでダメな場合は口をつぐみ、それでも続くようならその場を立ち去ること。
  • 自分はその道の専門家であるかの如く振る舞って、仲間の注目を浴びようとしないこと。
  • 馬鹿馬鹿しく思える話にも辛抱すること。まるっきり無駄だとは限らないし,何かしら学べることがあるかもしれない。
  • のびのびと気楽な気分を保ち,他人もそうさせること。そうすればもっとためになる考えが浮かぶかもしれない。

考えや意見を対話によって交換し合えるということほど,人間に与えられた素晴らしい贈り物は他にないのだ。

これは永遠の慰めでもあり、大変役に立つ道具でもある。

また同様に,口は災いの元ともなり得る。

良くも悪くもなり得る道具である。

したがってわれわれの責任は重大である。

言葉に滲み出る感情は、多かれ少なかれ他の人に影響を与える。

それが正しい影響なら結構だが,そうでなければとんでもないことになる。

この贈り物の使い方には重大な責任負わされていることを一日でも忘れてはならない。

自分の存在価値を築く

人の評判を求めて生きることには,さまざまな悩みや失望がある。

人に褒められて有頂天になっていると,それが消えたときには、それだけ余計に落胆しやりきれなくなるものである。

では、快楽や富や人々の称賛に対する欲望は抱くなということは,心を冷たくわびしい状態にしておけということではない。

心を朗らかに温かくするものを取り除き、温かく気高く他人を思いやることのできない心を持てと言っているのではない。

私が願うのは、計画を立て目標を目指して進む間は、常に満ち足りて安らかな気持ちを保ち,自分は無為に生きているのではないのだとはっきり自覚するようであってほしいということだ。

そうすれば,魂は崇高で本当に質の高いものへと成長し,そのことが清らかな光に照らされる運命をたどっていくことになるからだ、と。

翻訳者 渡部昇一

この方の訳された本を実は以前にも何度か紹介しています。

実は『マフィーの100の成功法則』の翻訳者でもあるのです。

この2冊はかなりテイストが違い,にわかには同一人物だとは思いつきません。

実際、私が『マフィーの100の成功法則』を読み始めたころ、あまりの内容のナンパさに馴染めずに、何十年も前に買った硬派なこの本を引っ張り出してきて読んでいたのです。

同じ翻訳者とはまったく気付かずに。

じつは『マフィー100の成功法則』の「あとがき」に大島淳一の「覆面を脱ぐにあたって」ー渡部昇一 ということで古希を迎えたので、打ち明けますとペンネームを使っていた経緯をつづられています。

いままで培ってきた人生観がじわじわと変わった本
わたしがこの本を読んで、とくに感銘を受けたのが、マイナスの感情をあっさり手放すということです。誰かに不愉快なことをされても、いつまでも根に持たず,さっさと許してしまって、その人を解放してあげる。

まえに渡部昇一氏(ペンネーム 大島淳一氏)がロンドンに留学しているときに本屋でマフィーのこの本に出会って翻訳出版したというエピソードはご紹介しましたが,その頃はまだ渡辺氏は日本でぺーぺーの駆け出し講師であり、上の先生方はつい4、5年前まで授業を受けていた方々である。

それなのにこんな若造が人生の教訓みたいな本を出すことは気がひける。

それでペンネームを使ったという訳なのです。

そういえば、硬派、軟派は違えども、根底に流れるイズムは同じだな,と今は思います。

渡部昇一氏は平成29年4月17日にご逝去されましたが、私はこれからもこれらの本から学び続けていきたいと思っています。

また渡部昇一氏の冥福を心よりお祈り申し上げます。

最後まで読んでいただきありがとうございました😊

弱肉強食とヴィーガン
私たちはどんどん想像力を働かせて、「もし、自分がどこに(どんな環境に生まれ変わったとしても),幸せであれる社会」について考えてみるが、この世をよくしていく手がかりになるかもしれません。
贈与する人
宮沢賢治の本 中沢新一さんの「あとがき」からみる宮沢賢治のこころとは
懐かし故郷 (1970年代)
少女の頃、確かに心の中を占領していた美しい宝物があった。 きっとそれは、その年頃ならあたりまえに憧れるであろうビーズ(歌手ではなく・・)やリボン、 レースの飾りといった色とりどりの"こまごました物"だったと思っていた。 しかし、色褪せはじめた過去のページを開いていくうちにもっと素晴らしい宝物が あったことを思い出してきた。